避難計画30キロラインについて

避難計画30キロを考える話し合いから帰宅。
帰ってくるとき、いつも綾部の風景をとてもいとおしく思ってしまう。
話し合いはいつもよるおそくなり、
決まって、静かに寝静まった綾部
人々が歴史を重ねて積み上げてきた集落
ええとこやな~

原発の避難計画は30キロを目安として作られている
30キロの住民は35キロの施設に避難というような計画
30キロライン以内の人がどんどんいなくなって
30.1キロの人はそんな孤独に耐えれるのかな?
30キロの人は避難したけど
そこと同程度、又はそれ以上被爆を強いられる人は
我慢するしかないのかな?
学校の校区内で30キロラインが走っていて
友達が避難していく・・・・。

30キロラインが意味するものは
人の命や営みでもなんでもなく
原発を動かしたい人の都合でしかないのではないのでは?
原発立地の隣の町に住む住民の不安と疑問は
誰が解決してくれるんかな?
そもそも、この意味のわからない
意味のなさない
もしくは、より危険を住民に強いてしまうかも知れない避難計画を立てるようならば、その原因を作っている原発をなくす方法を考えるのが筋ではないのかな?
そんな風に思います。

写真は、口上林の廃校になった小学校で見つけた本。
時を重ねたものは、美しいのに
人の作りだすものには美しさ以上に不安を作り出すものが多くて
ほんとうに、現代という時代は!
って思ってしまいます。