富井貴志のお盆

富井君の塗装をしていない木地のままのお盆を頂いた。
糠袋がついていて、それで、ゆっくりゆっくり磨いていくという。
薄い薄い層を重ね、時間を重ね
出来上がってくる形は、使う人それぞれの木の顔が見えてくるのだそう。

富井君とはじめて展覧会をしたのは地元・綾部で開催した「木と紙と石展」
(下の添付写真参照)
その展覧会はモノが生まれてなくなっていくと言うテーマを3年間に分けて
展開したもので
1年目がモノが生まれるところ
2年目がものがなくなるところ
3年目がその過程をいかに付き合っていくのに、何が必要か?
というテーマでした。
現代社会の大量生産、大量消費の影には
モノが生まれるところと、モノがなくなっていくところを見えにくくしているのではないか?
もっとモノが生まれるところの力を感じ、モノが育っていくところと生き、愛情を持ってモノと別れていくことができれば、ゆっくり、質素だけど、豊かな暮らしがあるように思えます。

頂いたお盆は、ギリギリまでシンプルにした形と、最大限の使い手の入る余地を残したもので、
そこに、富井君の世界感があるように思います。
モノが成立するギリギリのところを目指すと、自分の作るものに色というものが無くなってくると彼は言っていました。
色をつけるのは使い手である私であり、そのための木の純粋な力を見れる、最小限の要素を感覚的に作り出しているのが、富井君の仕事なのかな?
「穏やかなとき」はモノをつくるということを改めて考える展覧会になっています。

綾部での「木と紙と石展」での富井君の言葉を載せておきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
木を削って生活道具を形にしていくことは、
一枚の紙上に書かれた複雑な数式を、
意味が通り出来る限り単純な式に変形させていくことにとても似ている。
山の中で朝起きてから夜寝るまで没頭する作業は内向きだが、想像は次々に広がっていく。
ふと顔を上げたときに見える森の木々や青い空に浮かぶ雲。
どこかで目にした恐ろしくきれいな夕日。
暗闇に広がる星空の動き。
全てを構成する素粒子。
自然を感じ、その一片の人間であることを感じる。
自然を記述する一本の美しい数式のような、そんな木の道具を作りたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
展示は次の日曜日までとなっています。
30日・土曜日はハタノ、在廊しています。

よかったら、遊びにきて下さい^^