美味しんぼ問題に関して

忙しくて何がどうなっているのかわからない状態でしたが
先日見たニュースで違和感と何に関して自分が反応しているのかわかったような気がします。


鼻血に関して、そのような症状の方の話は聞くけど、実際あったわけでもなく
だから、事実として、どのような判断をしたらいいのかわからないのですが
とにかく、表現していることに関して、行政が圧力をかけてくることに違和感があります。


小さな意見を拾うことが、自治の精神で、そういう中でこそ、地域という懐に包まれ、安心して暮らせると思うのですが、
その「小さな意見が通らないですよ」というような対応が
社会をとてもいびつなものに変えていっているような気がします。
これは、原発問題だけではなく、今の社会全体にいえることで
「助け合い」という本来日本が持っていた暮らしの基礎的な部分が
何か、別なものに変わっていっているような
例えば、少数になった途端、抹殺されるような危機感が流れているように思えてしょうがないです。
そういった危機感を原作者の雁屋氏が表現している訳で、これこそ表現と思えるのです。
普通の表現者では、できないし、雁屋氏もそのことを知って、自分の役割として訴えていると思うのです。
だから、批判すべきではない。
考えるべきと思うんです。


批判すべきところは、年間被ばく量を20mSvと事故以前の20倍に引き上げ、
説明もせずに、住民に強制している自治体や国
諸悪の根源である東電が何の罪にも問われていないこと
癌というリスク以外にも様々な放射性物質による影響があるということを、認めず、小さな病を死を無視し続けてきた国
なぜ、食という人の基本的な部分を扱い、また地域の文化風土を称賛してきた美味しんぼの原作者・雁屋氏の意見をくみ上げ、じっくりと話し合わないのか?
そんな席が行政や国、東電と住民の間で行われたことがあるのか?
考えていける社会になればと思います。


シェアした舩橋淳氏の記事はとてもわかりやすく、問題の本質をついていると思います。
しかもFBで紹介してた人は、自然との調和を音の世界で表現してきた吉田こうきさんです。
是非読んでください。

http://www.huffingtonpost.jp/atsushi-funahashi/oishimbo_b_5313031.html